2008.06.18 Wednesday
RIVER
6月21日(土曜日) 1500時〜 青山スパイラルM2F エスプラナードにて、澁谷征司さんの写真
展アーティストトークにゲストスピーカーとして参加します。
2008.05.02 Friday
新世紀
2008年度
写真新世紀 第31回公募の審査員を努める事になりました。
2008.04.30 Wednesday
美しい花 花の美しさ
BankART school 2008年度、7−8月期の火曜日(1930〜2130)、鈴木理策
さんと合同で講師を務めます。
2008.03.31 Monday
旅から戻りました
旅から戻りました。
2008.03.16 Sunday
chbオリジナルスライドショー
突然ですが、大森克己、しばらく旅に出ることになりました!
3月27日、28日、29日のスライドショーは、予定通り開催します。
(ただしゴメンナサイ、旅に出ちゃうのでアーティストトークはありません。)
皆様のお越しをお待ちしております。
3日間とも、@
リトルモア地下 1900スタートです。入場料ワンドリンク付 ¥500−
よい席で見ていただくために
電話による予約をお勧めしています。
03・3401・1042
リトルモア
2008.03.15 Saturday
「前触れ」と「余韻」
通常のサービス版プリントでも、実はかなり横幅がカットされている。六ツ切、四ツ切となれば、さらに正方形に近い形となる。雑誌に1ページ大で掲載する場合も、上下をトリミングしなければ合わない。とすると、一番ポピュラーであるはずの35ミリフィルム写真を、縦横の比率が2:3という元のままの画角で目にする機会はほとんどないに等しい。
だからこそ、35ミリのポジ作品をノートリミングで掲載した、大森克己の新作写真集は新鮮である。黄金比に近いこの特有の比率は、ある意味、写真を最も「らしく」見せる判型かもしれない。ページをめくると、いかにも「横長」の写真が並び、視界が左右に引っ張られる。6X6や4X5写真なら、ひと目で被写体を認識できるが、「かなり」と念を押したくなるほど横に伸びた35ミリ写真は、画角の中に視線を泳がせないと全景を把握できないのだ。
それは言い換えると、その情景の「前触れ」と「余韻」を知るということでもある。被写体を真正面からスパッと切り取るというよりは、その「周辺」も一緒に写りこまざるをえないのが、35ミリ写真。ミニマルとは対極にあるこの手法こそが、人が見逃しがちなものを捉え、事実を事実として浮き彫りにするという、写真本来の首根っこを捕まえているのだろう。
さらに大森はこの桜のシリーズの大半を、タングステンのポジで撮り下ろしている。アンバーな室内の光源に合わせたこのフィルムは、外光下で撮影すると青みがかって写る。その特性を生かした作品群は、単なる叙情的な表現ではない。大森は以前、「世の中には写真に写らないものがたくさんある」と語っているが、この作品では「見えないけれども写真には写るもの」、つまり感覚的な光の色を物理的に視覚化しているのだ。
どこか寂しげな、桜の花が咲く刹那を捉えた写真は、後から色味を調整できるネガとは異なり、手持ちの35ミリカメラ、かつ一発勝負のポジによる技芸。独特の写真度の高さを誇ると言ってもいい。
さて、そんな作品集の刊行を記念したスライドショーが行われる。ポジとは透過原稿ゆえ、光を用いて投影した形式こそが、本来の持ち味を存分に発揮した鑑賞方法でもある。また写真集とは異なり、一方向のみの作品の並びから1点にかける時間まですべて作家がコントロール。どこまでも写真「らしさ」にこだわる大森が披露する、いかにも写真度の高いオリジナルの展示会なのだ。
中原紗代子(BRUTUS #636 2008・4・1)
2008.03.15 Saturday
3月22日
3月22日土曜日@TSUTAYA 六本木 午後8時 澁谷征司さん&石川直樹さ
んの対談、開催されます。申し訳ありませんが、大森克己は都合により出演
できなくなりました。お詫び申し上げます。
2008.03.09 Sunday
「ティファニーで朝食を」書評
1940年代前半、9・11とかエコロジーとかはもちろんのこと、エイズやら公民権運動やらキューバ危機、ロックンロールもまだ誕生していなかったころ。アメリカは太平洋をはさんだ隣国日本と戦争中、原爆投下はまだちょっと先、気の利いた都会の住人は適量の煙草を嗜み、ときどきはマリファナも。パーティーに欠かせないのはコール・ポーターの音楽(Love for Sale!)、そしてドライマティーニ。サード・アヴェニューにはまだ高架鉄道が走っていて、マンハッタンのど真ん中に厩舎があって、たぶん誰もファック(ゴメンね!)なんていったりしてない、そんなニューヨークが舞台の青春を小説家の「僕」が回想する。そう、これは過ぎ去ってしまったあまりにも美しい完璧な思い出だ。
「僕」のアパートメントには、雑誌バザール(ヴリーランドとブロドヴィッチの時代、なんてゴージャス!)で活躍するファッション写真家や、ローラースケート好きのコロトゥーラ歌手(ニューヨークはどんな人間でも受け入れてくれる)なんかがいてとても賑やかで、「僕」の部屋のすぐ下には「ホリー」という名前の女性が住んでいる。彼女はなんといえばいいのか、プロフェッショナルな社交、みたいな仕事で生計を立てている19歳で、健康で清潔な雰囲気を保持することとエロティックであるということを奇跡的に両立させている。
ひょんなことから仲良くなった「僕」と「ホリー」の共通点は、若いこと、正直なこと、意地悪なこと、地方出身であること、自分の本当の居場所をまだ見つけていないこと、未来を信じていること。2人の会話は洗練された悪口の実例集であるし(「折檻を求めているような臀部」)、おしゃれと礼儀のワークショップでもあるし(「四十歳以下でダイアモンドを身につけるのって野暮だし」)、愛と友情とモラルに関する深い考察だったりする。(「男たちとセックスをして、金を搾り取っておいて、それでいて相手のことを好きにもならないなんて、少なくとも好きだと思おうともしないなんて、道にはずれた話だってことよ」)。
つまり、上手にいうのはむずかしいのだけれど、都会に住む野心を持った若者に必要な、時代を超えたスピリットのようなものを「僕」と「ホリー」の関係は体現している。それを恋と呼んでも差し支えないのだろうけれど、人生においてある一時期にしか経験できない、年をとってから突然どこかでふっと思い出したりすると泣きそうになってしまう類のものだ。
「生きていて良かったなあという気持ちの高まり」と「悲しみがただ病いなのですか?」という問いかけが絶妙のリズム感でたたみかけてくる。思い出すことの快感を味わうことのできる稀有な小説。
大森克己「思い出すことの切なさと、それゆえの甘美について。」(Coyote NO.28 2008年4月号)
2008.03.06 Thursday
3月22日土曜日夜
シブヤはエビスの次、オオモリはカマタの隣です、
澁谷征司&大森克己対談やります。
@TSUTAYA六本木 ワカバヤシは東急世田谷線、対談司会は若林恵。詳細近日発表予定。
このイベント、大森克己、都合により、出演できなくなりました。楽しみにして下さっていたみなさん、澁谷さん、関係各位のみなさん、申し訳ありません。ごめんなさい。
2008.02.23 Saturday
chbスライドショー
来る3月27日(木)、28日(金)、29日(土)、1900〜@リトルモア地下
Cherryblossomsスライドショーやります!
入場料ワンドリンク付き¥500−
Copyright (C) 2004-2006 OMORI KATSUMI All Rights Reserved.